同じドアをくぐれたらは2004.08.25にリリースされたアルバム「ユグドラシル」の7曲目に収録された曲。

静かな弾き語りで始まり、1番のサビから楽器が入って徐々に音が増えて最後のサビは壮大な盛り上がりを見せ、その後は余韻たっぷりに静かに終わっていくドラマチックな展開の曲だ。

人生の様々な局面で強いられる選択の際に感じる恐怖を唄い、リスナーを力強く励ましてくれる。

藤くんは同じドアをくぐれたらについて、このように話している。

捨てることを無理矢理にでも納得しなきゃいけない時ってあると思うんですよね。僕も何度か経験したことありますね。それに対して躊躇することがどれほど無作為な時間を進めてしまうことになるのかへの恐怖からも来てます

ROCKIN’ON JAPAN2004年9月号より

ユグドラシルがリリースされた頃、私は学生でとても若くて、人生の選択という概念自体あまりピンと来ていなかったと思う。
今はもう若くないし、起業もしているので何もかもが自分の選択で決まり、常に選択の連続であることも、藤くんが言っている通りの無作為な時間を過ごしてしまっている自覚も内包しながら生きている。

私は起業セミナーをやっているのだけど、OLを続けるかフリーランスになるか迷っている人に、この曲で唄っていることとだいたい同じようなことを話してきたと気づいた。
迷っている人に右手で飲み物が入ったマグカップを持たせ、「じゃあこれも右手で持って」と言ってペットボトルを渡し、「持てないでしょ?ペットボトルを持つためにはマグカップを置かないといけないんだよ」などということをしていた。

自分が言っていることや思っていることがずいぶん昔のBUMP OF CHICKENの曲の中にあった、ということが起業してから起こりまくっている。
好きだと言っておきながら、見事にスルーしてきた証拠だ。歌詞の内容をちゃんと理解できていないという自覚はあったけれど。

では歌詞を見てみよう。

Aメロ

もう 気付いたろう 目の前のドアの鍵を
受け取れるのは 手の中がカラの時だけ

これがまさにマグカップ(現状)とペットボトル(理想)。
欲しいものを手に入れる前に、今自分が手にしているものを先に手放さなければならない。

Aメロ

長い間 ここは居心地が良くて
いつの間にか いろいろと拾い過ぎた

慣れた場所は安全で安心で居心地がいい。喜び、楽しさ、成長、好きなもの、温かい人たち。気付いたらいろいろなものを手に持っていた。

Bメロ

どれもが 温かくて 失い難い いくつかの光

自分が今手にしているものはすべて大事。手放したくない、これからも自分の人生に在って欲しいものたち。

サビ

手に入れる為に捨てるんだ 揺らした天秤が掲げた方を
こんなに簡単な選択に いつまでも迷う事は無い

自分の心が何を望んでいるのかは、自分が一番よく知っている。理性で考えて、あらゆる可能性を考えることで、自ら選択を難しいものにしてしまっているだけだ。
本当は、自分の前に現れてしまった新しい道へと繋がるそのドアを開けたいのだ。

サビ

その涙と引き換えにして 僕らは行ける

手放す時に罪悪感や悲しみや寂しさを感じる。もしかしたら、その選択をした自分を応援してくれる人の温かさに、涙を流すかもしれない。
涙を流したからこそ、そのドアの先に何があってもやっていこうという気持ちを得ることができる。
歌詞だけ書いているとわからないけど
「僕らは」と「行ける」の間にためがあって、「行ける」のところで初めてエレキギターが入り、音楽が盛り上がる。
とても力強く「行ける」が響いてくる。

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