端的に言えば「私は世界中みんな幸せがいいから、BUMP OF CHICKENの曲をできる限り最適な形で多くの人におすすめしたいの」っていう私の気持ちに応えてあげるため。

私にとってBUMP OF CHICKENの曲をおすすめするのはとても難しい。

BUMP OF CHICKENの曲が素晴らしいことは絶対的事実。例えば砂糖が甘いということと同じように。

だけど砂糖を舐めた人が全員、甘いと感じるかどうかはわからない。チョコレートを食べた後の人とカレーを食べた後の人では感じ方は違う。おいしいと思うか、好きだと思うか、まずいと思うかもまたそれぞれ。

私たちはおいしいと思った時、砂糖を好み褒める。そしてまずいと思った時、砂糖を嫌い侮蔑する。

私がある人にBUMP OF CHICKENのある曲をおすすめしたとして、その人がその曲を聴いて「ふーん」と思ったら、その人の中で「BUMP OF CHICKEN=ふーん。分かったからもういいかな。多分もう聴かないかな。」そうジャンル分けし忘れられる。

私はそういうことが怖い。とても怖い。取り返しのつかない犯罪行為に及ぶようなものだ。だからBUMP OF CHICKENのリスナーを16年以上していてもほとんど特定の曲をおすすめしたことがないし、ちゃんと魅力を伝えようとしたこともなかった。

相手のことを知って、今のその人の悩みや心境をある程度把握したうえで、心に響くものがあるであろうことが推測できる場合にのみおすすめしたことはある。

私はBUMP OF CHICKENの曲が持つ本来のメッセージやパワーに気付かないままに、通り過ぎられてしまうことが怖くて、4年余りこのサイトをやることをためらっていた。

全員に聴いてほしいんだ。本当は。そのために自分にできることはやりたいんだ。でもそんなことをしていいのかわからない。

インターネット上に私の個人的な考えや解釈に偏った文章を開示することで、BUMP OF CHICKENのメンバーを傷つけてしまうかもしれないこと、BUMP OF CHICKENのことや曲を本当に愛しているリスナーの人たちを傷つけてしまうかもしれないこと、BUMP OF CHICKENの曲を聴かないという選択をしてしまう人がいること、この3つは本当に怖い。こうやって書いていると、すぐさますべてやめようかという気持ちになる。

サイトをオープンした今も、その恐怖がなくなることはない。私は取り返しのつかない犯罪行為をし続けているのかもしれない。

直観として知っているんだ。やりたい気持ちと怖い気持ちが両方ある時、やりたい気持ちの通りに選択して行動することが正しいと。

私は、一人でもBUMP OF CHICKENの曲を聴いてそこからその人なりの何かを見つけて、救われたり泣いたり励まされたり大事なことに気付いたり、前に進めたり自分を認められたり大事にできたりして、何かしら役に立てる可能性があるなら、やるべきなんだ。

そういう出会いを提供することやそういう人のことを真摯に考えて、真剣に自分やBUMP OF CHICKENの曲と向き合って、ひとつひとつ言葉を紡いでいくことだけを考えていくのが、たぶん正しいのだ。

私には「世界中みんな幸せがいい」という想いがある。

子供の頃からだ。

部屋で一人でいる時に突然「幸せになりますように」と願いたくなることがあった。祈った後に「私だけ幸せになってお母さんとお父さんとお姉ちゃんが幸せじゃないのは嫌だ」と思って、家族の分も祈った。そしておじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃん、親戚のみんな、近所の人、同じクラスの子、千代田小学校のみんな。佐倉市、千葉県、日本、世界、、、と結局全部祈らないと終われなかった。

私が祈ったくらいではどうにもならなそうなので、窓をがらりと開けて、お月様に祈った。

大人になった私は自分が幸せにできるのはこの世でたった一人自分だけだと思うようになった。つまり、「世界中みんな幸せ」を実現するためには、世界中みんなが自分を幸せにする必要があるということだ。

私は起業して「自分で自分の願いを叶えて自分で自分を幸せにする生き方をする」ためのフリーランスの事務のお姉さん養成講座という起業セミナーを始めた。

私はこういう考え方だから、このサイトも同じだし、BUMP OF CHICKENの曲についても同じ考えをしている。

他人には何もできない。

BUMP OF CHICKENの曲を聴いた人が、それぞれその曲の中から何かを見つけてその人がその人を愛して、その人がその人を変えることしかできないと思っている。

自分を無力ってことにして頑張らなくていい言い訳にしたいだけなのかもしれなけれど。

私はできる限り、その人の今の状況や気持ちにぴったりの曲に出会える場を作りたいと思ってるの。

特に、悩んでる人、苦しんでる人、自分を好きになれな人、自分を信じられない人、死にたいと思っている人にはね。なんとか自力で自分を助けてあげて欲しいと思ってる。

BUMP OF CHICKENの曲には、自分を見つめて自分を知って自分を大事にしようと思える、自分の気持ちに応えてあげようと思えるような何かがあるから。

もちろんその何かは人それぞれ。どの曲のどの部分から何を感じるかは人それぞれで正解も不正解もない。その人が見つけて心動かされたものがその人を救う。

自分で自分を助けるってことなんだ。

BUMP OF CHICKENの曲はきっかけや鏡。このサイトはさらにそのきっかけという立ち位置なんだ。

こんな風に、どういうつもりでやっているのか説明しておくことで、誰かが傷ついたりBUMP OF CHICKENの曲が大事にしてもらえなかったりすることの恐怖を、これを読んだ人に和らげてもらって、そうでもしないとできないくらいの、怖さ。

私には虫と爬虫類以外に怖いものはなかったはずなんだけどね。

怖いけどやってるの。
怖い思い、痛い思いをしたいんだ。自分の心に従って生きるってことがしたいんだ。もっと苦しんでいろんな気持ちを味わって生きたいんだ。BUMP OF CHICKENみたいに逃げないで。

もっとBUMP OF CHICKENのことがわかりたいから。気づきたいから。大切にしたいから。

こんな風に生きるのを80歳までやって、生まれ変わってもそうやって生きて、っていうのを5回くらい繰り返したら、わかるようになるのかもしれない。

それくらい、人をわかるというのは簡単にできないこと。それくらい、人というのは繊細で複雑で素晴らしい存在。私にとって特にBUMP OF CHICKENは。

読んでくれてありがとう。

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